国際契約を締結するにあたって法制上の留意点-その(1) 米国における契約の概念

  • 今回からは国際契約についてお話を進めて行きたく存じますが、まず、国際契約における主要な相手方である米国の法制や規制についてご理解いただくことが肝心と存じますので、この課題では、米国における契約の概念をご説明し、そして、法制上の規制等についてお話を続けさせていただきます。

    • 米国における契約に対する考え方

      1)契約時点で、パーフォーマンス・プラニング(履行円滑化の工夫)とリスク・プラニング(リスク対応の工夫)を明確にするために、できるだけ細目まで定めておくというのが基本的原則となっております。
      2)従って、契約書は必然的に長くなり、日本だけでなく英国と比較しても3倍程度の長さになっていますので、初めての場合には驚かされます。
      3)国内の契約では、協議事項をおくことによって将来何か生じた場合には話し合えばよいとする考え方に比べて、米国のあらかじめ将来のリスク配分を行う考え方の違いに戸惑ってしまいますが、米国式な考え方を理解していないと、米国との契約交渉はできないという基本的な点をしっかり頭に叩き込んでおきたいものです。
      4)表示主義をとっていますので、契約の成立に必要な意思の一致は、当事者の内心の意思の一致ばかりでなく、表示された意思、表示されたものの一致であります。従って、契約書に書かれていることが当事者の合意事項であると看做されるのです。
    • 米国におけるリステイトメントとは

      1)米国法律協会(American Law Institute)が、米国法の主要分野について、判例法の現状と、判例が分かれている点についてはあるべき法を、条文の形でまとめて刊行しています。契約法の他、不法行為、信託法、不動産法、代理法などがあります。これらは法源としての効力はありませんが、当事者により、さらに判例中にもよく引用され、実際上の権威は高いようです。州毎にばらばらの米国法の統一解釈にも役立っているようですので、この存在は知っておきましょう。
      2)当該リステイトメントの契約法における契約の定義は以下のようになっています。 「契約とは、1個又は1組の約束であって、その違反に対して法が救済を与え、又は何らかの形でその履行を義務として認めるものをいう。」
      この定義から、米国法上、「契約」であるとするためには、以下の3つの要件を充たす必要があります。
      それは約束(Promise)を含む
      ただし、その約束は1つでもよいし、複数でもよい
      約束の違反に対して、法律上の救済が認められるか、又は違反に対する救済はないとしても、履行すれば法律上の効果が認められるようなものでなければならない。
      3)リステイトメント中、特に皆様が米国企業や機関と契約を締結する際に、損害賠償の考え方が日本とは違いますので、その点につき、少し説明を加えたく存じます。
      契約違反に対する救済法のリステイトメント
      契約違反に対する救済を契約当事者のいかなる利益を保護するかという観点から3つに分類しております。この基本的な考え方は、裁判所が損害賠償を命じる場合にもその内容を規定することになります。
      リステイトメント344条(救済方法の目的):
      本リステイトメントの定める諸ルールに基づいて与えられる裁判上の救済は、受約者(promisee=約束を受けたという意味で、契約違反の被害者)の有する以下の利益のうち1つまたは複数の利益を保護するためのものであります。
      a)履行(又は期待)利益(expectation interest)
      契約が履行されていれば受約者がおかれていたと思われる地位に受約者をおくことによって交換取引の利益を取得する利益
      b)信頼利益(reliance interest)
      契約を締結していなければ受約者がおかれていたと思われる地位に受約者をおくことにより、契約に対する信頼から生じた損失を補填される利益
      c)原状回復利益(restitution interest)
      受約者が相手方に与えた利益を自己のものに回復する利益
      上記の説明だけでは理解しにくいと存じますので、実際の裁判例を挙げて、どの ようなものが上記に該当するのかをご紹介しましょう。
      「実例」
      原告の女性は女優であり、被告は整形美容手術を行う外科医です。女性はそ のままでも美人ですが、より美しくなることを希望し、高すぎる鼻を少し低くするという内容の契約を結びました。約束では2回の手術ですむはずでしたが、実際は3回を要し、手術後は手術前よりも容貌は悪くなってしまいました。原告の女優は手術代として600余ドルを支払いました。
      ここで、裁判所で争われた点を上記の3つの利益で説明しましょう。
      a)履行又は期待利益に基づく賠償とは、手術が成功していれば、当該女優はもっと美しくなり、仕事が増え、収入も増加するという観点から、原状のままで当該女優が受ける利益とを比較して、その差額を金額計算するものです。
      b)信頼利益に基づく賠償とは、原告が被告の医師に支払った600余ドルに加えて、他にも患者が約束を信頼した結果、現実に支出した費用(薬代その他病院に支払った費用)と、少なくとも3回の手術による精神的、肉体的苦痛代を含みます。
      c)原状回復利益に基づく賠償とは、患者が医師に与えた利益である報酬分の600余ドルを指します。
      上記により、賠償額は、履行(又は期待)利益>信頼利益>原状回復利益ということになります。
      4)米国契約法を考察する上で重要なことは下記の点です。
      州法によって規律され、州毎に内容が違うこと
      判例法が中心であること。それを再記述したとされるリステイトメントが重要な役割を果たしていること。(ただし、何度も改定されているので、要注意)
      制定法も一定の役割を果たしているが、ほぼ全州の議会で採択したUCC(統一商法典:Uniform Commercial Code)が契約との関連で重要であること。
    • 今回課題最後に日米のライセンス制度の比較を下記に述べます。

      (米国)
       実 施 許 諾譲 渡
      通 常独 占 的
      (1)方式口頭可能口頭可能書面による必要有
      (2)譲渡性な しな し有 り
      (3)再実施許諾不 可可 能実施許諾も可能
      (4)侵害訴訟適格な しな し有 り
      (5)無効確認訴訟適格な しな し有 り

      (日本)
       実 施 許 諾譲 渡
      通常実施権専用実施権
      (1)方式口頭可能登録により
      効力発生
      登録により
      効力発生
      (2)譲渡性な しな し有 り
      (3)再実施許諾不 可不 可実施許諾も可能
      (4)侵害訴訟適格な し有 り有 り
      (5)無効審判の被請求人適格な しな し有 り

(この章続く)

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