ライセンス契約(特許およびノウハウ)について -その(3)

  • 今回から、ライセンス契約に関連して、特に注意しておく点に焦点をあわせてご説明してみたいと存じます。契約項目のチェックなどについては各種の解説書が多くあり、それをみていただきたいと存じますが、今回は、いろいろな角度から問題となる点を抽出し、説明を試みるつもりです。

  • ライセンスといえば、特許やノウハウ、商標などの権利および対象物に対して、これを積極的に使用させる権利の許諾がメインとみられておりますが(積極的ライセンス)、その他にも消極的ライセンスというものがあります。これまでの事例でも方法特許の実施について詳しくご説明してきましたが、これなども消極的ライセンスの範疇に含まれるのです。

  • 消極的ライセンスには、特許紛争の和解に基づくライセンスや、強制ライセンス(特許法上、不実施の場合のライセンス(83条)、利用関係が生じたためのライセンス(92条)及び公共の利益のためのライセンス(93条)などの3種類の裁定ライセンスと先使用の場合のライセンス(79条)などの法定ライセンス)の制度があります。その他に所謂黙示のライセンスがあります。 例えば、下記のようなケースの場合には、特許製品の円滑な流通のためには、当該製品には、もはや特許権が及ばないとする必要がある場合に、特許権の消尽理論又は黙示のライセンスが適用される場合があります。

    ライセンスが物の製造に関する場合における、製造した物の使用、販売
    物の使用方法の特許発明についてのライセンスが、その物の製造者に与えられた場合における、当該製造者よりその物を購入した者における使用
    ライセンスの対象となっている特許発明の実施が、ライセンサーが保有する他の特許発明を必然的に利用することになる場合における、その特許発明の利用行為

    ただし、当該黙示のライセンスが許諾されているかどうかは、当該ライセンス契約の趣旨、その他関係事項を総合的に参酌して決定されるため、ライセンサーとしては、当該契約では明確に規定しておくほうがよいでしょう(ライセンス契約の事例(1)を参照)。

  • 次にご説明するのがノウハウライセンスです。ご相談される案件の中には、対象技術について、特許という制度的なバックアップがなくては、売り込んでも相手にしてもらえないため、どうしても特許を取得する必要がある。ただし、当該技術は、特許出願してしまうと公開されるため、第三者がすぐに実施できる。また、当該第三者の侵害の事実を当該技術だけで見抜くことは難しいという難題を持ち込まれることもあります。かかる場合、やはり、当該技術について、(1)特許としての価値があるのか(権利として成立し、第三者を排除できるのかだけでなく、第三者への売り込みの場合の特典としてのメリット)、(2)公開されても、実質上の秘術がなくては効果がないものなのかどうか→本当のノウハウ的な秘策の技術を別途有しているのか、(3)ノウハウとしての価値があるのかどうか-一般的にノウハウとしての基準を満たしているのかどうか等につき、検討することがまず重要と思われます。単に特許出願するという目先の判断だけでは、元も子もなくなる恐れがあるのです。従って、上記の各要素につき、当該技術の所有者に詳細を聞きながら、問題点を指摘し、最終的にどのようにすればよいのかを決定することになります。

  • ここで、注意しなければならないのは、技術を公開しないで所有しているだけでは、法制上のノウハウとはいえません。必ず、一定の要件を満たした上でノウハウという共通の認識(ライセンスを許諾する側、受ける側の共通の理解レベル)が必要となります。
    一概にノウハウライセンスといっても、実務的観点からみても種々の検討課題が残っております。ここで、法制上、ノウハウとはどのような要素が必要であるかの定義づけをご紹介しましょう。

    平成2年6月29日に営業秘密の保護強化に関する「不正競争防止法の一部を改正する法律」が公布され、平成3年6月15日から施行されております。これにより、ノウハウライセンス契約の法的なガイドラインが示されたことになります。
    不正競争防止法上のノウハウとは、営業秘密とは同義語となっており、秘密として管理される生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は管理上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義付けられ、当該技術やノウハウ等の情報が「営業秘密」として不正競争防止法で保護されるには、上記で記載した3つの要素全てを充たすことが必要となっております。
    ライセンス契約の対象としてのノウハウは、一般的には技術秘訣ともいわれ、技術上の知識、経験、データその他の情報であって、秘密性があり、有用性があり、非公知性があるものと言われております。
    国際商工会議所(ICC)のノウハウ保護の基準条項は、次のとおり定義づけを行っております。
    ノウハウとは、単独で又は結合して工業目的に役立つ、ある種の技術を完成し、又は、それを実際に適用するために必要な秘密の技術知識と経験又はそれらの集積をいう。
  • 上記に示したような要素がないとノウハウとしての価値は認められません。一番大切なのは、幾ら技術的にみて価値があるものでも、秘密の保持がきちんとなされていないと(秘密保持の管理)、もはや、ノウハウとしての位置づけは難しくなるのです。そのためには、当該技術の管理をきちんとすることが必要なのです。管理についての注意点については、ここでは書ききれませんので、章をあらためて、ご説明したいと存じます。

  • ノウハウライセンスにおいては、特許等のライセンスと条件的には何ら変わりませんが、 例えば、ノウハウライセンスの許諾を受ける側としては、具体的にどのような技術なのか、ある程度内容を理解しなければ受ける価値はありません。特許等と違って難しいのはこの点にあると存じます。ここで、登場してくるのが、既に、先の章でご説明したオプション契約なのです。何度も繰り返しますが、ノウハウは、その本質が秘密性にあるため、ライセンス契約の実務においては、契約の締結交渉におけるライセンス条件の決定プロセスが特許等ライセンス契約の場合とは異なります。すなわち、ライセンサーとしては、ライセンス契約締結以前にはノウハウの内容、特にその全容は開示したくないし、一方、ライセンシーとしては、ライセンス契約の条件を判断するためにノウハウの全容、少なくとも概要は事前に知っておく必要が生じます。このような両者の立場を考慮して、妥協的な形としてオプション契約が利用されるわけです。
    ノウハウ技術の所有者は、これを活用したい場合には、必ず、上記のような点に注意して欲しいと存じます。

  • 最後にライセンス契約の中で、最も重要な条件である対価について、どのように決めたらよいのかについてお話ししてみたいと存じます。
    ライセンスの許諾をする側、受ける側双方に事前に種々の調査(相手企業のレベル、ポリシー、対象技術の評価、権利調査等)をしておくことが肝要ですが、特に対価についての調査はできる限り実施されることをお勧めします。
    以前には、対価の基準(所謂相場)が発明協会等から出されており、それをベースに交渉をもつことが多く、互いにそれで満足していた感がありましたが、昨今では、高い対価の傾向が現れており、一部においては定着しつつあります(特許庁の調査結果を纏めた「令和元年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告書:特許の技術的価値の評価指標策定のための実施料率データベースの有り方に関する調査研究」をご参照下さい。)。
    その理由としては、

    (1)「権利を取得する時代から権利を使う時代」になり、開発費、権利取得、維持費 用の回収を考慮して、ライセンスの対価を検討するためにかなり高い対価を要求する、される傾向が生じております。
    (2)知的財産権侵害訴訟の多発化傾向の中で、損害賠償金、特に懲罰的賠償金の高値傾向がライセンス契約にも影響を及ぼし、ライセンスの対価を高くする傾向を生じさせております。
    (3)ライセンス契約における対価交渉において、所謂、世間相場方式が崩れ、種々の要素を盛り込んだ対価について交渉するという流れが主流になっており、上記の(1)、(2)も踏まえて年々対価高騰の傾向にあります。

上記の観点からみた場合、相場はこれ位(相場とは、独占か非独占か、再実施がついているかどうか等の条件設定により、基準レベルは大体これ位という見方)という考え方はなくなってきているため、ライセンサー、ライセンシーのそれぞれの立場による対価交渉が重要になってきております。
まず、ライセンサーとしては以下のような立場を考慮し対価を要求することになり ます。

(1)ライセンス許諾による収益への期待→
製造・販売等以外の手段による企業収益の増加を図る。また、余剰・遊休技術・知的財産権の商品化を図り、ライセンシングビジネスの対象として、収益の増加を図る。→このためには、ライセンスの対象技術または特許等がどのような価値があるかを想定する必要が生じます。
(2)研究開発費等の回収→
技術開発費、知的財産権の取得・維持費の回収を図る。また、ライセンスの許諾により取得した対価は、新規プロジェクトへの資金源となり得る。→最低レベルとしても、当該技術または特許等に要した費用を回収するためには、一時金でのとりきりではどの位、実施料にしたら、対象技術等を実施して得られるであろう対象製品の市場での位置づけ(例えば、同種の製品または分野での総売上に対して、何%のシェアーが獲得できるか等)を想定して、何%の実施料を要求すべきかを想定することとなります。
(3)他社技術・権利を取得する対価に充当→
他社の技術・知的財産権のライセンスを取得する対価の支払いの、クロスライセンス契約の締結に充当する。また、ライセンシーからのフィードバック、グラントバックされるライセンシーの改良技術の価値をも考慮する。→総合的な知財戦略方針を策定し、その中で、対象技術または特許等により、どれ位の収入を得れば、他の技術の導入に貢献できるかを総合的に判断する必要があります。

一方、ライセンシーは、以下のような立場を考慮し、ライセンサーから要求を受けた対価案を検討することになります。

(1)研究開発費等の節約→
自ら研究開発を行う場合の費用とライセンスを取得するために要する対価とを比較して、コストパーフォーマンス、実施利益を考慮する。
(2)研究開発期間の短縮→
自ら研究開発を行うことなく、または、これを最短にしてHead Starterの地位を獲得するために必要な費用として十分にペイするかどうか。
(3)権利侵害対策→
自社で開発した後、又は、開発途上において、他社技術・知的財産権の存在が判明した場合に、権利侵害対策として対価を考える。これは、自社技術・自社権利の補完のための費用であり、リーガルリスクマネージメントのための必要経費として考えられるか。
 以 上 (この章完)

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