【米国】実施可能要件に関する最高裁判決(Amgen v. Sanofi)
2023年06月
2023年5月18日、米国連邦最高裁判所は、Amgen v. Sanofi事件において、Amgen社の特許は実施可能要件を充足していないため無効であるとした、米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)の判決を全会一致で支持しました。
1. 背景
Amgen社の特許(No. 8,829,165及びNo.8,859,741)は、PCSK9に結合し、PCSK9-LDL受容体反応を阻害することにより、LDLコレステロールを減少させる抗体に関するものです。特許されたクレームでは、抗体が機能的表現、即ち、①PCSK9の特定のアミノ酸残基に結合し、②PCSK9のLDL受容体への結合を阻害する、で定義され、具体的な抗体の配列や構造は一切記載されていませんでした。
但し、明細書中には、上記①と②の機能を有する抗体として26の例示、及びこれら2つの機能を有する他の抗体を作るためのロードマップ及び保存的置換(conservative substitution)が記載されていました。
特許取得後、Amgen社は、商品名RepathaとしてPCSK9阻害剤を販売していたところ、競合品であるSanfoi社の商品名PraluentがAmgen社の特許を侵害しているとの訴えを地方裁判所に提起しました。
これに対し、Sanofi社は、Amgen社の特許クレームは明細書に記載された26の抗体以外の、何百万もの未開示の抗体を包含するものであり、米国特許法第112条(a)の実施可能要件を満たしていないと主張しました。 地裁はSanofi社の主張を認め、Amgen社の特許を無効としました。更に、地裁の判決はCAFCによっても支持されたため、Amgen社は最高裁に上訴していました。
2. 最高裁の判決
最高裁は、これまでの判例を参照し、以下のように結論づけました。
・ 明細書には、単にいくつかの好ましい実施形態を記載するのみでは十分でなく、当業者がクレームされた発明の全範囲を実施できるものでなければならない。より広い権利範囲を求めるほど、(実施可能要件を満たすためには)より多くの開示が求められる。
・ 一方で、明細書はクレームされた抗体の属(genus)に含まれる1つ1つの実施形態の全てを具体的に開示する必要はなく、「特定の目的に対する特有の適合性」を与える「何らかの一貫した、一般的な性質」を示していれば十分な場合もある。また、技術分野によっては、合理的な程度の実験が必要とされる場合もある。
・ しかし、Amgen社は、クレームに記載の2つの機能によって定義される抗体すべてに独占権を得ようとしており、その範囲は、明細書に例示された26の抗体に加えて莫大な数の抗体を含むものとなる。Amgen社の明細書は、合理的な程度の実験を考慮しても、当業者がクレームされた抗体の全範囲を実施できるものではない。
・ 開示されたロードマップと保存的置換は、機能的な抗体を見つけるための試行錯誤の方法を説明したものに過ぎず、実施可能要件を充足するものではない。
本判決は、バイオテクノロジーに関する事件に対するものですが、現地代理人の情報によりますと、その影響は、特許審査と訴訟の両方において、多くの技術分野に及ぶ可能性があるようです。
判決文全文は、以下URLから入手できます。
https://www.supremecourt.gov/opinions/22pdf/21-757_k5g1.pdf